カビの生えたもち 韓国にて
大切に取っておいたお餅にカビが生えていた。
よりによっていちばん楽しみにしていたやつである。
かなり本気で洗ったら食べられるんじゃないかとにらめっこしていたのだけど、検索したら穀類に生えるカビは強力な毒をもつ恐れがあるとのことだったので、泣く泣く捨てるしかなかった。
今もお餅がゴミ袋の中からわたしを見つめている。
わたしはお餅に見つめられている。
誰が言ったでもない風説を信じて、業務スーパーで買ったレトルトのお味噌汁が100個くらい入った袋をスーツケースに詰めた。
まだ見ぬ海外生活に対してわたしが働かせられた想像力の限界である。
結果、未だ味噌汁を飲みたいと思ったことはない。
こういうのは、自分を信じ、普段の自分の生活をふり返ることでしか見えてこないのだと分かった。
わたしは普段から味噌汁を飲まない。そりゃあ年に一度くらい飲みたくなることもあるが、前回は今年の冬だったし、冷蔵庫にあった甘酒でよく分からない甘酒汁を作ったらそれでどうにか誤魔化されてくれた。
味噌汁に対する意識があまりにも低い。
じゃあ何が食べたくなったのかというと、卵かけご飯である。
先生がロッキーの話をするとクラスメイト達は笑うが、わたしだけは心から笑えない。ほんとうに生卵をコップに割って飲んだことがあるからである。
韓国では生卵をまったく食べない訳ではないようだけれど、やっぱり加熱はするだろうと相場が決まっているので、卵はパック詰めされてから1ヶ月前後も日持ちすることになっている。
業務用じゃないのに、30個入りとかで売っているのである。
もちろん最悪の場合は命を賭して生卵チャレンジすることも吝かではないが、と書いている時点でXデイはすぐそばに迫ってきている。
昨日辺りからはきゅうりの浅漬けも食べたくなりはじめた。
去年の夏は気がついたら浅漬けの素を1Lも買っていて、気がついたら自分で漬けていたので、こちらも事態はかなり深刻だ。
同じく業務スーパーから持ってきたザーサイと共にきゅうりをボリボリとかじりながら、なんとかその欲望をなだめている。
韓国にはトンチミという大根の漬物がある。
日本では水キムチと呼ばれているものがそれに当たるようだ。
酢そのものの痛快な酸味があり、韓国の水冷麺はこのトンチミの漬け汁を使って作るのが一般的である。
ここ1ヶ月くらいずっと冷麺が好きなのだと思い込んでいたが、最近気づいた。
使われている麺の糸こんにゃくみたいな独特の歯ごたえも、上に乗っているきゅうりや半分に切った茹で玉子、白ごまのプチプチとした食感も楽しい。
しかし、わたしが本当に好きなのは、トンチミそのものであった!
本来は冷麺とともに冬食べるものなのかもしれないが、わたしはこの酸味が夏にぴったりだと思う。
今食べたい。今すぐ、毎日食べたいのだ。
なんならネットショッピングのカートにはもう3kgパックがぶち込まれていて準備は完璧なのだが、まだ韓国で銀行口座をもっていないので、決済ができないでいる。
クラウチングスタートどころか、バランスを崩してフライングしかけている。
わたしのきゅうりの浅漬け欲を、この新しい欲望・トンチミ欲が押さえてなおあまりあることを願いながら、毎日ショッピングカートの中身を見つめるばかりである。