やっほー、生きていますか。
先週の木曜が誕生日だったので(ありがとうございます)、パーティーと称してサーティーワンをドカ食いしたり誕生日旅行をしたりしているうちに、ソウルのコロナ対策が2段階に引き上げられ。
容易にWi-Fiと電源を手に入れることもままならなくなってしまった。
ちなみに今は駅のベンチであと2時間潰さなければいけない状況に追い込まれ、膝の上でMacBookAirをグラグラさせながらブログを書いている。
ノマドワーカーの目にも涙。
誕生日プレゼントの代わりに、恋人が釜山に連れて行ってくれた。
行く前は釜山でしか食べられないものと言ったら海産物だろー毎日刺身食ったるーと意気込んでいたのだが。
実際、市場に行けば水族館でしか見たことないような妙ちきりんな魚も見ることができたものの、飲食店で提供されている魚はソウルのそれと何も変わらなかった。
韓国で生魚といえば、まずサーモンである(父はこの時点でああ〜と言っていた)。
続いてヒラメとブリ、稀にタイと、専門店に行けばマグロが出てくる。
この国で刺身といったら魚1匹丸ごと捌いてドカンと出すものなので、食べられる魚の種類は必然的に定まってくる。
加熱調理といえばタチウオだ。
焼き魚ではサバやカレイ、この時期にはタラの鍋がよく食べられる。
タラコと白子だけを豪快にぶち込んだ痛風震撼の鍋もあり、なかなか面白い。
しかしあとは、こちらでも高級品であるウナギくらいだろうか。
こうして書き出してみると、韓国で食卓にのぼる魚のレパートリーの少なさがよく分かる。
なお、以上はあくまで魚についてのみいえることであり、イカ、タコ、エビなどその他の海産物はいったん除外している。
軽く補足すると、特に貝類に関しては韓国の方が親しまれている種類も、また口にする機会も多いように感じられる。
釜山で刺身を食べることの利点はなにかと訊いてみたら、「海を見ながら食べられる・安い」とのことだった。
日本が思いの外広く、またあまりに東西南北に長細すぎるため、日本のように地域ごとにまるで異なる食文化を想像して韓国旅行をすると、あまりに変わりばえがなくて失望してしまうかもしれない。
釜山にも名物とよばれる食べ物はあるが、それはあくまでソウルでも食べることができるメニューの差分にしか過ぎない(例を挙げれば、冷製豚足など)。
しかし、その差分が確実に効いているのだ。実際に、釜山で食べたものはなにひとつ例外なく美味しかった。
2日目の夜は、チャガルチ市場の屋台通りでトッポッキを食べることにした。
カウンターの手前に並べられている揚げ物類があまりにも美味しそうに見えたのだ。
後に予定があったので、トッポッキとおでんを2人前ずつ、それに揚げ物を6つくらい頼んで、奥の座席で出てくるのを待った。
出されたトッポッキを見て驚いた。
餅があまりにも……あまりにも太かったのだ。
ソウルで買うトッポッキの餅の2倍といっても過言ではないかもしれない。
恋人曰く、これは普段はただ焼いて蜂蜜をつけたりして食べる用の餅なのだそうだ。
噛むと、韓国の餅(あるいはつきたての餅)特有のフニュッとした食感がまずあるのだが、なにせ厚みが違うので、噛み切る頃にはもうすっかり日本の餅を食べているような気持ちになっている。
口の中がモチモチで満たされた時のなんともいえぬ幸福感がやってくる。
このトッポッキのたれがまたいいのだ。
ソウルで食べるとなんというか……ただのヤンニョムジャン? ただ甘辛いだけで深みのない味というか、ご家庭でもお気軽に再現できそうな味という印象を脱しなかったのだが、
釜山で食べたトッポッキはソースに明らかに煮込まれた玉葱が入っており、また遠くの方にトマト缶の面影さえ感じられた。
そう、韓国では料理に玉葱やトマトをよく使う。
キムチチゲにトマト缶の香りが漂っていることも少なくない。
なんというかうまく形容し難いのだが、純韓国的なものを期待して食べ始めるとガッカリすることはあれど、これが意外と悪くないのである。
特に、トッポッキのような濃いソースを使う料理や煮込み料理などでは、ダシをいくら効かせても既にあるスープの味に太刀打ちできないことも多い。
そんな時にトマトや玉葱の、ガツンとした洋のうまみが料理に深みを足してくれるのだ。
会計は2人で13,000ウォン(日本円で約1,300円程度)だった。
量を食べなかったのであれだが、もし空腹時に来ていたとしても1人当たり1,000円は超えなかっただろう。
トッポッキは、子供や若い女性たちのおやつ的な立ち位置なので、どこの屋台で食べても値段は大差なく、またどこで食べてもソウルより美味しいと、自信をもって断言できる。
ソウルで高い値段を払って食べるより、ぜひ釜山で屋台のトッポッキを体験してみて欲しい。