2024年1月1日

昼寝して起きたら日本で大地震が起きていた。

この世に神がいたら1/1に地震なんて起こすわけないから、やっぱり神などいないのだと思う。

Twitterを開くと地震に関する情報、現地の様子、避難や備えを呼びかける人たちのツイートがタイムラインに流れ込んでくる。現地の人たちの通信網を阻害しないよう、かつフォロワーに北陸地方住みがいたような気がしたので、信ぴょう性があり役に立ちそうなツイートを少しだけ回しておく。

東日本大地震の時は、わたしの家も大きく揺れ、積んであったCDがガラガラと音を立てて崩れた。幼さも手伝ってか、この地震に関する当事者の末端として口を開くことに抵抗がなかった。

韓国は揺れない。日本海に面しているので津波は多少来たかもしれないが、大きなニュースにはなっていないところを見ると被害が出るほどではなかったのだろう。揺れないところで、祖国の人々が地震に怯え倒れた家具に挟まれ家を失い暗闇と寒さに震える様子を見ることがこんなに辛いことだとは思わなかった。客観的に見たら何を言ってるんだこいつはと思われるだろうが、私の立つ地面も一緒に揺れていたらどんなに気が楽だったろうとさえ思う。

と書きながら、これは自分にできることが共感しかないと思い込んでいた2011年の私の残像のような気がしてきた。あの時から10年以上が経ち、私たちは募金でも物資支援でも現地ボランティアでもなんでもやることができる。痛みを共有していない者のやることなすこと全てが偽善かもしれないが、今はやらない偽善よりやる偽善という良い言葉がある。

パレスチナのことを思い全ての人が暖かく安全に新年を迎えられるよう願ったはずなのに、図らずもさらに多くの人の平和なお正月が失われることとなってしまった。どうか一刻も早く全ての人に安心と安寧が訪れるよう、心より願い、そして行動していきたい。